【大見謝さんから学ぶ】移住と引っ越しのちがいを考えてみる

大見謝さんがコラムで「移住」と「引越」ってどう違うんだろうね。といったことを書かれていましたので、それに感化されて、私も移住と引越のちがいを考えてみようと思います。

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大見謝さん・・・?

大見謝さん
私たちが沖縄に移り住んで、すぐの時、WAJYA オープンスペース(株式会社Roots)という場所でお話しをさせていただいたかたです。

ライターワークを軸に、地方・移住のキーワードでテーマ性ある企画・コンサルの仕事を幅広くされている方です。

沖縄の離島の出身者ですが、都内で修学し、地元沖縄にUターン。
と思いきや、現在もエリアにとらわれず、様々な場所・コンセプトで仕事をする「つなぐ人」です。地方・移住のキーワードでも、いろいろな知見と考え方を持っていらっしゃいます。

動きながら言葉を紡ぐライティング。エッセイ的な文章の言葉の端々にも、芯に熱のある気づきが宿っているのが、彼の文章を読みたくなる一つの理由です。

大見謝さんから学ぶ、「移住」と「引越」

さて、そんな大見謝さんが、記事中に「移住」と「引越」について、少し考えたことを書いてありました。

「移住」の意味は変化しつづけている。ーー「移住」と「引越し」の違いとはなにか。 : ハチナナハチハチ
移住は「新たな暮らしのチャレンジ」があり、移住前の暮らし(生活や仕事)のパッケージをあまり変えずに、地域を変えるのが「引越し」なのかもしれない。

いくつか引用をしながら、移住と引越について考えてみたいと思います。

傍からみれば、それは「移住」だとしても

たくさんの地方移住経験者の話を聞いていると、共通して見えてくるのは「フットワーク」が軽いということです。「定住・永住」という言葉を、よい意味で重く捉えることなく、地域に入っていってる印象を受けます。

〜中略〜

そんな動き方ができる人にとっては、やはり気持ちとして「引越し」くらいのなのかもしれません。傍からみれば、それは「移住」だとしても。実は、その「引越し」ぐらいのカジュアルさが、最近の「移住」という言葉に相当するようになってきたのだとも思います。

この後、大見謝さんは、「交通機関などの発達もあり、足を伸ばしやすい地方に、カジュアルに移り住むことも、移住と捉えられるようになったのでは?」と、書かれてます。

実体験として移住はカジュアルだった

自分たちの実体験としても、大見謝さんの言葉を借りれば移住はカジュアルだったと思います。

沖縄に移り住んだ直後に思ったことが「沖縄って、思ったより身近なんだな」でした。

LCCがあるから移動コストも昔ほどかからないし、公共交通機関も(理解すれば)難しくないです。賃貸契約も手間とはいえ、都心と乖離するような大変さではないです。国内だから、通貨も言語も困らない。
さらにSNSもあるので、下手すると仕事・友人関係も引き継ぎ出来ます。

もともと雑誌やウェブの情報でイメージしていた移住といえば、遠く遠くの地にやっとこさ居を構え、人間関係も心機一転、生き方も模索するくらい、何事もゼロから生活を始めるようなものでした。

私たちの移住は、それと比べるとかなりカジュアルなものと言えます。もしかすると、私たちの「移住」って、「引越」みたいなものなのかもしれません。

移住には「新たな暮らしのチャレンジがある」

上のように、移住の捉え方は時代とともに変化している前提の上、大見謝さんは移住を以下のように書いています。

移住には「新たな暮らしのチャレンジがある」、これに尽きるのではないかと思っています。都会と田舎で、生活環境が変われば、当然インフラも変わるので、新しいライフスタイルを受入れなくてはいけません。

生活環境が変わること、それが自分にとって何らかのチャレンジに当たれば、移住と言えるのでは。そんな考え方です。

その意味で、フロンティア精神のもとに移り住むというのが「移住」。それに対して、ただの転勤で、地方都市に移って、なんら都会にいたときと変わらずに、生活や仕事をこなすのは「引越し」と呼べる気がします。つまりは、移住前の暮らし(生活や仕事)のパッケージをあまり変えずに、地域を変えるのが「引越し」であるとぼくは思っています。

ある種、自分との向き合いかたになってくるので、移住と引越の捉え方は、人それぞれでいいという前提を置きつつ、大見謝さんはこのように2つのちがいを考えたようです。

「フロンティア精神」と「移住」

移住には、フロンティア精神(開拓者精神)が存在する。

この考えは、私にとって、なかなかおさまり具合がいいです。

フロンティアであることを何事に置くかは、個人の自由だとは思います。物がないことをクリアするでもいいし、土地の特色を事業にするでもいい、虫嫌いを治すでも、友達を作るでも、曖昧に精神の装いを変えるでも、人によってなんでも良い。

しかし、自分にとって新たな〇〇
これをきちんと追い求めているのかどうかで、移り住む先での生活の質も変わってくるように思います。

個人個人に望むべく何かがあるでしょう。そのために住処を変えることはポジティブですし、「移住」というキーワードにも合っているように思います。

あらためて、移住と引越のちがいを考える

さて、それを受けて、私も移住と引越のちがいを考えてみます。

沖縄移住を考える人にとって、「移住」の響きは重いです。どこか覚悟・決心を必要とするところがあります。私も沖縄移住を決めた時は、やっぱり先のことを考えて、気が重くなった覚えがあります。

沖縄移住を決めた時のお話 | 沖縄移住ライフハック
みなみのひげです。今までの話をまだお読みでない方は、「私たちの移住体験談」のみな…

一方で、「引越」にはそれほどの気概を感じることはありません(手間の大変さは感じますが)。引越という言葉、それ自体には、あくまで事務的な意味合いが強く、自分の意志と切り離せるからかもしれません。

自らの意志と、移住・引越

居住地を移動させる動機に、自らの意志が入っていれば「移住」。そうでなければ、「引越」。
これは近しい考え方かもしれません。
転勤や事業の理由でもなく、家庭の事情でもなく、その土地へ行きたいから行く。自分の内発的な動機のもと、土地を移りすむ人は「移住」のケースがほとんどです。

ただケース全てに当てはまるかといえば、そうとも言えません。

例えば、出稼ぎを目的にブラジルやアルゼンチンへ移住した人々、彼らはビジネスを目的としています。災害にあって避災のために遠方に居を移した人。彼らも移住とは言え、災害から逃れるのが目的です。

その土地に住むことによって恩恵を受けるか

そう考えると、現金な言い方ではありますが、自分が移り住んだ土地で「恩恵を受け取ることができる(と予想される)」ものごとを、自ら描いて移り住む人は「移住」していると言えるかもしれません。

金銭的なメリットであれ、挑戦から得られる充足感であれ、美しい景色や癒しであれそうです。今いる場所から移りすむからこそ得られる、自分にとっての恩恵を想像し、予測し、それを取りにいく感覚が、「移住」のキーワードには含められているのかもしれません。

移住が重くて、引越がそう感じないわけ

移住には重い決心が必要で、引越にはそれがないというのも、移住に対して対価を描いているからに他なりません。

手に入れたいものが大きければ大きいほど、手に入れるまでのプロセスって、大変な方がいいような気持ちになるじゃないですか?

自分が頑張った分だけ、安心して見返りを求められるのが人間心理ですからね。
ドラマみたいですが、大変なことがあって、それを乗り越えて得たもの、それが宝物というのは、実際的な一般論としてあると思います。

移住でも、引越でも

当然ですが、「あなたは移住だからよくて、あなたは引越だから悪い」とかはないです。その逆も然り。自分で求めたにせよ、そうでないにせよ、移り住んだらその場所で豊かに生きれば良いですしね。

「移住というワードがなんだかしっくりこない」なんて、もやもやとしている方は、一度、そういったことを内省してみるのも良いかもしれません。

▼私たちの体験談・生活、仕事、お金のことなど、沖縄移住に関する情報は、すべてこのページにまとめてあります。
沖縄移住ページ

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記事を書いたひと

みなみのひげ
みなみのひげ記事数 257本
南の島のヒゲ系ウェブデザイナー。風景とオカヤドカリ写真家。プロフィール

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